絵本原画が並ぶ安曇野絵本館の静かな展示室
絵本原画が並ぶ安曇野絵本館の静かな展示室

森を歩く時間

林の中の美術館

穂高有明の雑木林の奥に、石積みの小さな安曇野絵本館がありました。木立のあいだを抜け、展示室で一枚の原画と向き合う。絵本館はすでに閉館していますが、林を通る道のりと絵を見る時間を、ひと続きに思い浮かべる方もいるでしょう。カラマツやアカマツの林という風景から、「森で過ごす時間」を考えてみます。

絵の余白を眺めるように、林の中でも、何かを急いで読み取らずにいられたら。その静かな問いのそばに、森と街で体の反応を比べてきた研究があります。散歩の印象と測定された数値を分けながら読むと、研究の輪郭が見えてきます。

「森林浴」という言葉

2010年に発表されたParkらの日本の24か所の森林を扱った論文によると、「森林浴」という言葉は1982年に日本の農林水産省が名づけました。森に接し、その雰囲気を取り入れること、と説明されています。距離や速さの記録を思わせる言葉とは、少し違う響きがあります。

同じく2010年のLiの総説では、森林浴の旅は、森への短い、ゆったりした訪問とされています。木立の間を歩くことだけでなく、森を眺める時間にも目を向ける。そうした捉え方は、展示室へ向かう道を思い返すときにも、なじみやすいものです。

森と街で比べた体の反応

Parkらの実験は全国24か所の森林で行われ、各実験12人、全体では280人が参加しました。年齢は21.7±1.5歳と記されています。初日に森へ行った組は翌日に街へ、街へ行った組は翌日に森へと場所を替え、歩く時間と眺める時間を比べました。歩行は16±5分、眺める時間は14±2分でした。

測定したのは、唾液の成分、血圧、脈拍、心拍の間隔の変動などです。この実験の報告では、街よりも森で、唾液の指標、脈拍、血圧が低く、副交感神経の活動が高く、交感神経の活動が低いという結果が示されました。「落ち着いた気がする」という感想とは別に、体の反応をいくつかのものさしで見た研究です。

ただし、この時間は実験で用いられた条件です。散歩の目標時間を示すものとして読むことはできません。若い参加者が森と街で過ごしたときの比較であり、年齢や場所、過ごし方が違う人にも、そのまま当てはまるとは限りません。

免疫の働きを調べた研究

Liの森林浴の旅と免疫の働きに関する総説は、2005年から始まった成人の日本人男女を対象とする一連の研究を紹介しています。参加者は2泊3日で森林地域を訪れ、旅の2日目と3日目、旅の後の7日目と30日目に血液や尿の検査を受けました。比較のため、旅行前の通常の勤務日にも同じ測定が行われています。

調べた項目には、免疫の働きの一部を担うナチュラルキラー(NK)細胞の活動と数がありました。総説では、森で過ごした日の平均値は比較した勤務日より高く、NK細胞の活動の上昇は旅行後30日を超えて続いたと報告しています。一方、観光で街を訪れた場合には、NK細胞の活動や数の増加は見られなかったとされています。

これは、参加者の検査で観察された変化の報告です。参加者や旅程を限定した研究で得られた細胞の指標を、日常の健康全体の評価に置き換えることはできません。旅の後にも測定した点と、何を測定したかをあわせて読みたいところです。森林浴の頻度を決めるための案内としては受け取らず、研究の条件の中にとどめて考えます。

研究の広がりと限界

2019年のWenらによる森林浴研究の系統的レビューは、2015年1月1日から2019年4月1日までの論文を検索し、条件に合う28本を検討しました。循環に関わる指標、免疫や炎症に関わる指標、気分などの変化を報告した研究を整理するとともに、研究方法の質も評価しています。

このレビューでは、無作為化比較試験を用いた論文の方法の質は、無作為化していない試験の論文より高いと評価されました。著者らは、方法の質を高め、結果の偏りの危険を減らして、根拠の確かさを上げる必要があると述べています。研究がいくつもあることと、十分に確かな結論が得られることは、分けて考える必要があります。

2017年のIdenoらの森林環境と血圧の系統的レビュー・メタ解析は、732人が参加した20件の試験を検討しました。森林以外の環境と比べ、森林環境では収縮期・拡張期の血圧が有意に低かったと報告しています。ただし、要約には変化の幅や長期間の経過は示されていません。この結果から、一人ひとりの散歩でどのくらい変わるかまでは読み取れません。

雑木林を歩くということ

原画の前で立ち止まる時間も、木立の間を抜ける道のりも、数字だけでは語り尽くせません。一方で、研究を読むときには、森の印象に結論を重ねすぎず、誰が、どんな条件で、何を測ったのかを確かめられます。

穂高有明の林の記憶を、決まった成果を求める時間に変える必要はないでしょう。木々のあいだを歩くという、ささやかな出来事。そのそばに、わかってきたことと、まだ確かめるべきことが並んでいます。